藤子不二雄さんも、子供たちに富山県の豊かな自然の中で、
のびのびと育って欲しいなあと
高岡の駅前にドラえもんたちを並べたんだなあ、
と、新しい年の挨拶文を書いていたら、
元旦の午後4時過ぎ、突然凄い地震が起こった。

腰と脚のリハビリをと、知り合いの院長先生の所に入って、
正月三が日だけは近くのホテルで休ませて貰おうと、のんびりしていた時だ。

いきなり、すごい揺れ!
壁の絵は落ちる、ベッドは大揺れ。机の物は全部落ちる。
何度も何度も繰り返し揺れる。あわててベッドの下に降りて、枕を頭にのせる。
東日本大震災の時の東京より、もっとひどい。
一晩中突然何度も揺れて、部屋の入り口に亀裂が入った。

しかし、石川県や富山県では、ひどい地震の被害が起こっていた。

俺は、泊っていたホテルの迅速な対応で、別のホテルに移動することになったが、
2日、地震の翌日には、東京都水道局、大阪……と名前の入ったジャンパーを
着た人達がホテルに入って来た。
「ご苦労さま。今日はどちらへ行かれるんですか?」とたずねたら「輪島です」
早朝から夜迄、何組もの人たちがホテルを出て行った。

そして、その人達に、このホテルの人たちは、
あったかい風呂を用意して応援していた。

(1月6日 山陽放送の”八名信夫の井戸端会議“を病院から生放送)

ニュースが次々と、地震災害の様子を放送しているが、本当に辛くなって、思わず
「岡山県や四国、中国地方の皆さん、ここでは電気が無い、水が無い、食べ物もない、
つぶれた家の下に何百人もの家族が助けを求めているんです。
どうか、皆さん、声をあげて下さい。何か、私たちも出来ることがあるはずです。
大きな声をあげて下さい。お願いします」と呼びかけてしまった。
俺も、脚が悪くなかったら、真っ先に飛んで行っただろう。
ただ、昔と違って、脚が悪い、この年令の俺じゃ、皆さんの迷惑になるだけで、悔しい。

沢山の年賀状をいただいているけれど、今年は「おめでとう」と言う気持ちにならないから
失礼させて下さい。
1月4日発売の「週刊ポスト」連載最終回も、よかったら見て下さい。


(※ここから下は、1月1日の地震が起こる前に書かれました)

ホテルのお正月飾り。
昨日、町のお父さんやお母さんが四時間かけて、作っていました。
題して「平和に挑む」

12月16日、広島へ、軍医で派遣されていて被爆、亡くなった叔父の所に
手を合わせて来ました。

12月10日には、熊本で、映画「駄菓子屋小春」を一緒に創った人たちと
『地震や水害、コロナ、度重なる災害から仲間と一緒に乗り越えて来た自分に、ありがとうの会』を開いた。
熊本は勿論、今迄俺を応援して下さった沢山の人たちが、全国から駆けつけて下さって、楽しい夜になった。
さて、今年は、また、出来るだけ沢山の皆さんに出会って
「笑顔で、誰かの為に役にたって長生きしようね」と話していきたいなあと考えています。



初めて、週刊ポストの編集部の皆さんに会いに行ったら、
こんなに綺麗な花束をいただいた。
あんなに沢山の人たちが応援して下さっているとは!
俺も頑張らなければ、なあ。


熱いアスファルトにセミがひっくり返って、大騒ぎしていたから、
ヒョイと元に戻してやったら、すっと飛んでいった。
セミもこの猛暑じゃ、疲れるのかな。(笑)


8月12日。38年前のあの日、俺はフジテレビの月曜ドラマランド「あんみつ姫」を観ていた。
富田靖子さんのあんみつ姫に、将軍様の俺が面白い話をして笑わせているシーンで、
二人の顔がアップになった時、突然字幕スーパーが流れたんだ。
“日本航空機が墜落”と。
ドラマはカット、報道に切り替わった。
よもやあんなに大きな事故になったとは、その時は考えもしなかった。
人の生命の大切さ、家族、仲間、いろいろなことを想ったなあ。


8月15日。東京新聞朝刊に、
俺の「戦争は二度と起こしては駄目だ!」と言うメッセージ記事が載る。
新聞のない所でも、東京新聞のホームページや動画でも観られるそうだ。
よかったら、眼を通して見て下さい。
八名信夫さんが語った戦争の記憶 「生きとったんか」…母に抱き締められた空襲の翌朝<インタビュー前編>
悪役商会・八名信夫さん「俺は1200回殺された」…今思う「やらなきゃいけないこと」<インタビュー後編>


「週刊ポスト」今月はCMの話。
この前、島田正吾さんと「十時半睡事件帖」で一緒になって、
大先輩に色々教わった、という話をしていたけれど、
実はもっと前に、映画で島田さんを殺したことを思い出した。

俺が、いろりの向こうに座っている島田さんを、斬る。
自在鉤に鉄瓶がかかっていて、斬られた島田さんに、
鉄瓶の熱湯はかかるし、灰が巻き上がるから、やり直しがきかない。
刀二手で、みごとに斬り殺した時は、東映のプロデューサーに誉められた。
新国劇の、立ち回りの大ベテランに挑んだんだから、うまくいって良かった。
そんなことも思い出した。



「お酒は20歳をすぎてから」のポスターが出来た。
酒屋さんや関係の役所の大人たち、俺、そして若い人たちが一緒になって創った。
これから岡山県の酒屋さんやスーパー、飲食店、町内会など色んな所で
「一寸待て!20歳を過ぎてるか?」と呼びかけていくよ。


「戦争は人の心まで消し去る」
78年前の6月29日早朝、岡山は米軍のB29に襲われて、市内は焼け野原に。
沢山の命が奪われた。
9歳の俺は,焼夷弾が家や町、人々を焼きつくして行く中を必死に逃げた。
「戦争は、絶対にやってはいけない。戦争は、人の心まで消し去るんだ」
戦争を体験した者として、このことは皆さんに伝えていかなければならないと考えている。
5月22日の夕刊に、毎日新聞がそんな俺の想いを書いて下さった。


7月9日(日)に、嬉しいお話をいただいている。
具体的に決まったら、発表するね。


7月1日(土)午後0時25分頃から
山陽放送ラジオ「土曜番長〜八名信夫の井戸端会議」生放送。
何を話そうか? いつも色々考えてスタジオに入るんだけれど、
あっという間だから。どうぞお楽しみに。



このところ、毎日新聞5月22日の夕刊、週刊ベースボールなど
色々嬉しい出会いをいただいている。

山陽放送ラジオの「八名信夫の井戸端会議」も、
5月から毎月第一土曜日の昼0時半過ぎから25分間、一寸拡大。
台本のない生放送。アナウンサーの国司さんも新田さんも、
一緒に怒ったり、笑ったり、毎回楽しくなって来た。
6月3日、何を話そうか?
本番寸前迄じっくり考えて、スタジオに入るよ。




週刊ポストの取材中。
大久保の稽古場。何年も何年も、舞台や映画の稽古に、ここに通ったなあ。
(右から)速水竜樹、西中節也、柴崎蛾王、小野寺優一


渡辺徹君のお別れ会に出席した。

満開の桜を、冷たい雨が濡らしていたけれど、
会が始まったら青空が出て来た。さすが徹君だ。
石原プロの作品で、徹君に何回か捕まったことがあって、
こっちは悪役の親分だから、現場であんまり話すこともなかったけれど、
どこか気配りの俳優さんだったな。
郁恵さんと息子さんの挨拶に感激した。

 

「週刊ポスト 悪役の履歴書」
今週は、昭和58年に悪役商会を結成して、老人ホームにボランティアに行ったり、
吉本にお笑いの勉強に行ったことを書いている。
横山やすしさんと西川きよしさんのお世話になった、と書いたら、
徹君のおわかれ会で、西川さんに声をかけられて、びっくりした。
4月7日発売分です。


春、4月5月は、新しい出会いや新しい挑戦など、楽しいことが沢山あるかも知れないが、
「ちょっと待て!法律を守って、楽しもうよ」というメッセージを
動画で届けることになった。

YouTubeで、俺のメッセージ配信中。
(国税庁動画チャンネル
 『二十歳未満飲酒防止キャンペーン with 悪役商会【岡山東税務署】』

「酒は二十歳になってから」
「酒を飲んだら、自転車も乗ったら駄目なんだぞ」

担当の税務署や酒を売っている皆さんと話し合って、
若い人たちと一緒に創ったメッセージ動画だ。
もうすぐポスターも創って、よびかけていくよ。


山陽放送ラジオ「土曜番長、八名信夫の井戸端会議」
4月1日午前11時40分から生放送。
5月からは、いいことがありますよ、と言われている。
楽しみだ。



街のあちこちに、新人さんたちをみかけるようになったな。
これは、昭和58年春、悪役商会デビューの写真。
悪役俳優20年以上の俳優たちが
「今までやったことのない仕事にもチャレンジしよう」と結成したんだ。
映画やドラマで強烈な悪を演じている俺たちが、
笑顔で写真を撮ったのも、チャレンジだったな。
(週刊ポスト連載中)


本屋に面白いDVDが並んだ。
『西遊記 DVDコレクション』(デアゴスティーニ)
堺正章、夏目雅子、岸部シロー、左とん平、(音楽)ゴダイゴ
その中に、俺も入っていたときいて、びっくりした。
(第17号 『西遊記II』第7話)
観たら、一本角で、まあ恐ろしい風体。
それが、美人の夏目雅子さんの三蔵法師の夢の中に入り込んで、めった切りにする。
孫悟空迄もやっつける? ははは、すごい役をやったもんだなあ。

この作品は、顔の型を取ってくれと言われて、撮影に入る前に撮影所に行ったら、
型を取る人が、うちの隣のお兄ちゃんだった。
特殊メイクで、当時は他に出来る人がいないのでハリウッドにも行っていると話していた。
その後、きっと向こうで活躍しているんだろうな、とそんなことも思い出した。




WBCの選手たちを応援するかのように、いつもより
早く桜が開き始めたなあ。

ダルビッシュ選手と大谷選手。
強いだけじゃなく、人としての思いやりのあるふるまい。
日本ハム時代は二人とも11番だった。
新しい日ハムの球場に“11番”の背中をみせている2人の写真がある。
11番というのは、俺の親友セカンド稲垣正夫君の番号だ。
イナも、桜の空から、二人を、WBCの選手たちを応援しているよ、きっと。


3月5日、嬉野市での講演会。
3年ぶりの制限なしの講演会。こんなに沢山の皆さんが聞きに来て下さった。
笑う時は笑い、泣く時は泣いて。
やっぱり皆さんと一緒の気持ちで話せるのは嬉しいよな。

3月12日の和歌山市の講演も、難しいテーマで、
どうかな?と覚悟をして行ったんだけれど、
広い会場にいっぱいのお客様!真剣に聴いて下さった。
電車をいくつも乗り換えて、会いに行って良かった。



岡山駅待合室のポスター

コロナ詐欺に気をつけよう!と警察の皆さんと創ったポスター。
横に立ってみたら、岡山駅のお客さんが「あれ?八名さん?」とびっくりしていたよ。
もうすぐ、新しいメッセージのポスターとネット動画が発表されます。
今、若い学生さんたちが仕上げ中なんだ。


3月23日 岡山県総社市の高校に、ボランティア活動に行きます。
病気の子供たちを応援する岡山キワニスクラブの活動。
生徒さんたちと人形を作ったり、ボランティア活動について、少し話したりして来る予定。



寒中お見舞い申し上げます。
「コロナで苦しめられたけど、皆で前に向かっているよ」という
年賀状や電話があって、少しほっとしている。
でも、又新しいのが現われたとか。しっかり用心しような。


かわいい手紙。
「すやませんせいへ。ちゃれんじってなんですか。
ぷーるにおもいきってかおをつけたことも、ちゃれんじですか」
6歳のあやかちゃんの手紙。
“日本一短い手紙”で今年選ばれた手紙の一つだそうだ。
いいなあ。
この年令の俺も、「チャレンジって何ですか」って、気持ちになる。

福井県坂井市丸岡で続けている「日本一短い手紙」
第30回のテーマが「挑戦、チャレンジ」。(丸岡文化財団)
実は、30年近く前、丸岡に講演に行ったことがあって、
とってもあったかく、親切に迎えていただいた。
その中でも、「私たちの街に来て下さったんだから」と、
俺が好きな果物やお菓子、飲み物を用意して、
仲間の女性たちと一生懸命歓迎して下さった方がいらした。
そして、「八名さん、『日本一短い手紙』っていうことを、私たち、やってるんです。
日本中の誰でも参加出来るんです。八名さんも書いてみませんか?」と言って、
今迄の手紙をみせて下さった。
短い中に心がこもっていて、ジーンときた。

「ちっちゃな街ですけど、こうやって少しでも丸岡の気持ちを届けたいなって、
みんなで頑張ってます」と、胸を張って、最高の笑顔で話して下さって、
俺には忘れられない講演で出会った街だった。

7年前かな、福井県に講演に行った時、その女性が楽屋を訪ねて下さったんだ。
「八名さん、覚えてますか?」「日本一の手紙!」
「私はあれから、お友達に、八名さんを知ってるのよ、といっつも自慢してるんです」
って言って。嬉しかったなあ。
講演に行った時から毎年年賀状のやりとりは続けていたからな。


作家のあさのあつこさんの年賀状も大切な一枚だ。
岡山の方で、以前NHKのラジオで、あさのさんの「バッテリー」のじいさん役で
出演させて貰ったことがある。
そのあさのさんの時代劇の本も凄い人気だときいて、読んでみた。
びっくりしたのは、物語の中に“八名川町”という地名が出て来るんだ。
「やな」とふり仮名もついて。江戸に八名と言う町があったのかな?
スタッフが調べたら、なんだか徳川様に関係があるとかないとか。笑。


「週刊ポスト〜悪役の履歴書」これから深作欣二監督との想い出について話していきます。
東映チャンネルで、監督の作品が特集されている。


1月の富士山。

動画とポスターで、メッセージを、と言われている。
富士山のように、堂々と言えたらいいな。
考え中。

2月4日(土)山陽放送ラジオ「八名信夫の井戸端会議」(生放送)

3月には、九州と和歌山へ講演に行きます。



八名信夫プロフィール 

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