八名信夫の うまいもん紀行
水沢うどん 大澤屋(群馬県・伊香保温泉) |
群馬県伊香保温泉。
急な階段のある温泉。竹久夢二ゆかりの宿があちこちにある温泉。
お客様に毎月手作りの新聞を送っている若女将のいる宿の温泉。
そして、俺が一番印象に残っているのが、
伊香保温泉を取材した帰りに出会った“水沢うどん”だ。
水沢うどんの【大澤屋】。
遠くに美しい山々を望む景色の中に、堂々とした構えの店があった。
広い駐車場にバスや乗用車がズラッと並んでいる。
店に入ると「いらっしゃいませ! こちらへどうそ」
活きの良い声が迎えてくれる。
大広間。10人も20人もが座れるような長テーブルが並んでいて
団体のお客様も家族連れも、次から次へと出入りして楽しそうだ。
伊香保に、こんなに人気のあるうどんやがあるのか?
でも、俺は小さい頃から讃岐うどんで育った『うどん食い』だ。
うどんにかけちゃあ、黙っていないぞ、と、ひそかに思っていた。
そして、出されたうどん。うまい! あっと言う間にたいらげてしまった。 食べ終わった時、厨房の奥から、仕事着の男っぽい親父さんが出て来た。 大河原盛之さんだ。 「やあ、おいしかった! ごちそうさまでした。僕はうどんが好きで」 「もう一杯いかがですか?」 「いただきます」大盛りがまたたくまになくなった。 |
「うちのうどんは、水沢の水と群馬の良質の小麦粉でつくられています。
他の混ぜ物は一切ありません。だから、腰があるし、のどごしが良い。
冷たくしてもおいしいし、あっためて、煮込んでもおいしい。
朝、うどんをこねる時、水沢の山にかかる朝霧の流れをよんで、塩加減を決めます。
暑くて晴れの日か? 雨になるか? ちょっとした天気の調子でうどんの味が変わりますから」
きりっとした眼差し、背筋をしゃんとのばした大河原さんの姿に、
職人の気迫と風格を感じた。
俺を気にいって下さったのか、隣の建物へと案内して下さったが
これがすごいお宝の建物。
有名な彫刻家の童子の像や、岡本太郎さんの作品が幾つも飾られていた。
岡本太郎さんは、大澤屋のうどんが好きで、店にもよく寄られたそうだ。
着物に豪快に絵筆を躍らせた見事な作品もあった。
最高にうまいうどんと岡本太郎。
俺は、うどんのことも岡本太郎のことも真剣に自慢する大澤屋の親父さんが気にいった。
あれから23年。
毎年夏と冬には“大澤屋の水沢うどん”を食べている。
うどん食いの俺に、親父さんがきちんきちんと送ってくれるのだ。
その親父さんが急に亡くなって、
「親父の気持ちですから、続けさせて下さい」と、
今は息子さんが送って下さっている。
俺は、この【大澤屋の水沢うどん】は、自分でゆでて食べている。 つけだれも【大澤屋】のを倍に薄めて。 うまいなあ。食べる度に思う。 そして、いつも親父さんのキリッとした頑固そうな顔が、浮かぶんだ。 たった一度、店で出会っただけの間柄なのに、 その縁を大事に思って下さっている【大澤屋】の親父さんとご家族、 そしてこのうどん。これこそ、人の味。心にしみる。 |
《メモ》
今から1300年前、推古天皇の勅願で、水沢寺が創建された。
浅草寺や日光中禅寺と並んで霊験あらたかなお寺として人気が出て、
水沢は、水沢寺の参詣人と伊香保温泉の湯治客で栄え続けて来た。
ところが、水沢寺は創建以来、幾度も火災にあい、お堂をなくした。
現在のお堂は、当時、この地に勢力を持っていた豪族の大河原氏が中心になり、
江戸時代に再建されたものだそうだ。
その大河原氏の一族の者は、水沢寺の門前町にお休み所を設けることを許され、
そこで出されたのが【うどん】だった。
そして、このうどんの味は、大河原家に代々継承されて来ている。
水沢うどん 大澤屋
〒377-0103 群馬県渋川市伊香保町大字水沢125-1
0279-72-3295
http://www.osawaya.co.jp/