昭和58年正月夜の生放送。
温泉のデッカイ風呂場に、俺は仲間達を集めた。
「いいか、生だゾ。生だからチャントやろうぜ。出来るだけ正月の気分でナ」
「オーッ!」
そうは言っても映画バリバリの悪役達だ。
明るくやろうと言ったって、笑顔になれる訳がない。
しかも、生放送と聞くだけで顔も体も引きつってくる。
「ハイ、行きます。10秒前。9、8、7」とAD君が秒読みを始めた。
今迄ワァワァ騒いでいた連中が、シーンとなってしまった。
友達のプロデューサーに頼まれて、生の現場をまかされた。
出演するだけでなく、悪役達を集めてやりたいことをやっていいと言われた。
「ヨシ、いこう」掛け声を掛けた途端、
「八名ちゃん」と横の先輩俳優が小さい声で呼んでいる。
「あのな、俺、帰るよ」
「どうして?もう来るよ、中継になるよ」
先輩、俺を隅の方に連れて行く。
「折角声を掛けて貰ったし、嬉しかったから来たんだけど。若い頃、無茶しちゃってナ。
茶の間に映ったら、八名ちゃんに迷惑かけるから帰るよ」
他の連中に気付かれないように背中をみせてくれた。
見事なモンモンが入っていた!
(もう時効だから、いいよナ。先輩も役者をやってないし)
シールでも描いたのでもない、本物だった。
これが少しでも見えたら大変だ。
「分かった。一緒にテレビに映ろう。でも絶対に後はむかないで。俺の後にいたら?」
本番中、俺はずっとその先輩の背中を守った。
あせったよ。
俺の顔がはらはらしていて、青かったか赤か、それはともかくとして、
地獄の釜もさながらに、風呂でゆだった悪役の顔顔顔は、正月の茶の間に強烈に映った。
この釜の仲間達がゆくゆく悪役商会のメンバーになっていくのだ。