八名信夫の うまいもん紀行


うみべ (下関)

俺の部屋に、小さいけれど、洒落たらんぷがある。
乳白色のすずらんのような花が4つ。大正か昭和初期のもの。
シャンデリアのように吊している。
スイッチを入れると、ポッと柔らかい灯りがともって。
俺らしくなく、可愛らしいらんぷなのだ。
このらんぷを見ると、
「ああ、みんな元気にしてるかなあ」と、思い出す人たちがいる。

下関の“うみべ”の吉田竹次さんとヨネ子さん夫婦とその姉妹の皆さんだ。
おりおりの葉書に「こちらも、みんな元気にしています」
と、親父さんらしくきっちりとした文字が書かれている。

この親父さん、ともかくマスコミ嫌いで有名らしく、
テレビの旅番組で取材に歩いていた時も、
「あそこは、駄目ですよ。みんな断られているから」
そう言われていたのに、何故か、俺には大丈夫だった。
そして、この可愛いらんぷ迄プレゼントして下さったのだ。

下関 南風泊(はえどまり)市場の先、海沿いにある店、
“うみべ”。
魚料理がうまい! そして、楽しい!
「魚のうまい店に連れて行ってって言われたら、ここへ来るんです」
と、下関の食通の人たちが必ず推薦する店なのだ。

「下関は“ふく”です。でも、季節季節でおいしい魚が色々あるんですよ」
と吉田さんとヨネ子さん。
「おこぜ、あかばな、くえ、あこう、こしお鯛、カサゴ、ウニ、こはだ」
魚の名前が次から次へと出て来る。
“おこぜ”は、俺も好きだ。ごっつい顔をしているが、唐揚げにすると、
これが実にうまい。
「魚も人も、顔じゃあない。中味だよ」 なあ?


うちのコチ(備前焼・岡本錦朋作)

“うみべ”には水槽があって、魚たちが元気に泳いでいる。
親父さんたちは、この魚に名前をつけて可愛がっている。
「アナゴの大五郎は10年位いました。名前を呼ぶと顔を出す。
お客さんも喜んでくれて。食べる訳にはいきませんでしたよ。
鉛筆位のサメを飼ってたこともあって。4年位たった時、
口に海老の尻尾がついていたんです。水槽の中の海老を食っちまった。
やっぱりサメだったんだと、近くの海に放してやりました」
涼しくなったら、水槽に、又新しい魚たちが帰って来ている。

“うみべ”の座敷は、又楽しい。
一つ目の部屋は、映画の間。
懐かしい映画のポスターやブロマイドがびっしり貼られている。
映画の雑誌も並んでいる。
吉田の親父さんは、若い頃からの映画ファンで、
新潟で【映画の友の会】をつくっていたのだそうだ。
魚料理に酒、いつしか映画の話で盛り上がっていく。

二階はらんぷの部屋。
天井から、小さいらんぷが沢山ぶらさがっている。
大正から昭和の初めのらんぷたち。
骨董屋でみつけては、きれいに磨いて、電気が灯るように、
吉田さんが自分でつくり直して、飾っているのだそうだ。
俺もランプが好きなので、見惚れていたら、
「よし、好きなのを持っていきなさい」と、吉田さん。
後日、ダンボール箱一杯のらんぷが届いて! 感激した。
あれから12〜3年。らんぷは一度も切れたことがない。
“うみべ”の親父さんが、しっかり点検をしてから送ってくれたんだ。


うみべの皆さん(ロケのとき)

久しぶりに電話をしたら、吉田さんも奥さんのヨネ子さんも
相変わらず元気で
「らんぷはますます増えて、店が綺麗に飾られていますよ」
と笑っていた。
二人が“うみべ”を始めて、今年で38年。
魚たちも、お客様も、“うみべ”に出会って、良かったと思っている。

※うみべは先日、店を閉じました。
吉田さんご夫妻、長い間おつかれさまでした。


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