八名信夫の うまいもん紀行


夢のプリン
大分県由布市湯布院 山のホテル 夢想園

『花吹雪三姉妹』(テレビ朝日系)というドラマに出たことがある。
スリの、すこぶる美人の三姉妹がいて、その三姉妹のお宝を掠め盗ろうと狙っているスリの親分、それが俺。

パナマ帽にサングラス、派手なアロハに白上着。おまけにラメ入り腹巻き、雪駄履き。
どう見たって目立つスタイル。
お宝を盗んだつもりが、いつも裏をかかれて、偽物をつかまされたり刑事に捕まってしまたり。
「あのクソガキが!」と、地団駄を踏む親分。
その結構憎めない小悪党ぶりが好きで、ああでもないこうでもないと、
監督や作家さんたちと楽しんで撮影をしていた。

その『花吹雪三姉妹』を湯布院で撮影した時、こんなシーンがあった。
叶和貴子さん、宮下順子さん、美女たちが露天風呂に入っているときいて、
お宝をいただこうというか、まあ三姉妹の入浴シーンをちょっぴり拝見! と。
(これは、役の親分が助平根性で思った訳で。役でナ)

親分、たった一人の子分の手前もあって、大いに見栄を張り、
「いいか、お宝を頂戴する時はナ、“よもやここからやって来るとは、お釈迦様でも気がつくメエ!”と奇襲攻撃! こうやって。見てろよ」
と、親分、つまり俺が、台本にも書いてないのに、上の岩場から2〜3メートル下の岩場へ勢いよく飛び込んだ!
見事、入浴中の三姉妹の真ん中へ、ザブーン! 「キャー!」
親分、むくっと湯から顔を出して、「ハハハ、お宝は頂戴した! ざまあみろ!」と、格好良く三姉妹をにらみつける。

「カット!」
「いやあ、八名さん、最高でした!」と監督。
「ハッハッハ」と、俺も男らしく大笑い。
そして、風呂から颯爽と引き上げて控え室へ。
が、みるみるうちに足首が腫れあがって来た。
風呂の底が岩場で、思いっきり飛び込んだので、両足のかかとが無残に砕かれたのだった。
痛いの何のって、涙が出る程、激痛だった。
しかし、周りに知られちゃあ、悪役八名信夫の名が廃(すた)る。

「八名さん、飛び込んだ時、すごい音がしたけど。大丈夫でした?」
帰りのバスの中、三姉妹は美しい顔で心配してくれた。
「え? 何でもないよ」
「流石ですね。普通なら、スタントマンを用意しろって皆さん言うのに。八名さんはすごい」
ナンテ、美女三人に誉められたら、痛いの何のタア、言えやしないよナア?
涼しい顔をしながら、無理矢理格好良く歩いてみせるのだが、
本心は「松葉杖でも持って来てくれよ」と、思っていたのだった。

その思い出の宿が、湯布院の少し高台にある『山のホテル 夢想園』。
それから十年位たってから、ラジオの取材で久しぶりに寄ってみたら、
「八名さん、ようこそ。お帰りなさい!」と、
ロケの時、俺たちの面倒をみて下さった女性が、玄関先まで迎えに出ていて下さった。
杉崎辰美さん。絣の作務衣姿。客室支配人。当時と同じ笑顔!
「ああ、そうだ! この玄関だ」
石をうまく利用して、湯布院の自然にすっと溶け込んでいる玄関の様子。
左手の柱にも見覚えがあった。

「確か、ここに番傘がかかってましたヨネ?」
「そうですよ」
「ああ、今日もかかっている。その番傘の渋い良い色艶が出ていて、
“良いなあ”って言ったら、杉崎さんが
“どうぞ。良かったら持っていって下さい”って快くおっしゃって下さって」
「はい」
「僕は、その気持ちが嬉しくて。おお、思いやりのある宿だなあと、ずっと覚えていたんですよ」

「私たちも、八名さんのことをずっと応援させていただいて来ましたよ。
テレビやマスコミに出られる度に、みんなで“うちに泊まって下さった八名さんだ”と、楽しみに拝見してましたよ」
と、杉崎さん。
布でつくった手提げ袋をすっと出された。
その中には、あの時俺がサインした色紙や、折々に交換していた年賀状、
暑中見舞いの葉書、一緒に写した写真などがきれいに整理されて入っていた。

歴史ある宿、人気のある湯布院のこと。縁のあるお客様は数えきれない程多いだろう。
ましてや、テレビドラマのロケなど、どんなに親切にお世話していただいても、
俳優たちがプライベートで次に行くことなどほとんどないかも知れないのに。
お客様一人一人のことを、そうやって忘れずに、大切にしている杉崎支配人さん。
山のホテル夢想園さんの心に感激した!
(湯布院って街は、そういう思いやりのあるところなんだ!)

喫茶室からは、湯布院の街が、パノラマの絵のように美しく眺められる。
四季折々、春には春、夏には夏、秋の紅葉、雪景色と、
ここでゆったり座っていたら、こんなに幸せなことはないだろうナアと、すっかりくつろいでしまった。

そして、出されたプリンのおいしいこと!
大きめで、何とも言えない良い色合い。キャラメルソースも甘すぎず苦すぎず、丁度良い具合。
「うまいナア!」夢中でたいらげてしまった。

プリン好きで、有名ブランドから名もない手作りプリンまで、
全国どこへ行ってもプリンをみつけたら必ず食べてみる俺だが、
こんなにおいしいプリンは初めてだった。
「もう一杯!」と叫んで、喫茶室のお客様に笑われた。

「これは、従業員が一つ一つ手作りしているので、数に限りがあって、
この宿にお泊りいただいたお客様にしかお出しできないプリンなんですよ」
と、秋永祥而取締役支配人。

「湯布院も、今でこそ沢山の皆様に訪ねていただいていますが、
長い年月お客様が全くいらっしゃらないことがありました。何年も何年も。
どうしていいか分からない程、お客様がいらっしゃらなくなって。
それでも何とか宿は続けたい。従業員たちがやる気をなくしたら大変。何か目標を持たせたい。
夢を持って、前へ向かってゆく気持ちを持っていて貰いたい。

それで、みんなでプリンをつくってみないかと提案したのです。
今度訪ねて下さるお客様の為に、最高においしいプリンをお出ししてお迎えしよう。
湯布院の牛乳を使って、湯布院の心をこめたプリンをつくって、お客様をお待ちしよう! と。
時間はたっぷりある。お客様がおみえにならないから、逆に色々な工夫も出来たのかも知れませんが、
こんなにおいしいプリンが出来ました。
色々な意味で、私たちには自慢のプリンなんです。

このプリンが完成した頃、九州のテレビ局でアンケートをとったんだそうです。
“日本中の温泉で、もう一度行くとしたらどこへ行きたいですか?”と。
そうしたら、一位が湯布院だったので“テレビで取材に行って良いですか?”と放送局の方が言って来て。
うちの宿も紹介して下さったんです。あの露天風呂も人気があったということで。
あんなに何年もお客様がいらっしゃらなかったのに、どうして湯布院が一位になったのか
私たちも不思議に思っていたのですが…。
そのテレビ番組をきっかけに、お客様が次々といらして下さるようになって。
毎日、このプリンを宿に泊まって下さるお客様にお出し出来ることが、
私たちにとって何より嬉しく、幸せなことなんです」

秋永さん・杉崎さんの向こうに見える湯布院も、あたたかく優しく広がっていた。
「山のホテル 夢想園のプリン、もう一杯!」

由布院温泉 山のホテル 夢想園
〒879-5103 大分県由布市湯布院町川南1251-1
0977-84-2171
http://www.musouen.co.jp/


※写真は夢想園様のサイトから、許可を得て転載致しました。

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