八名信夫の うまいもん紀行


さつま芋の天ぷらと焼酎
(高知県)

高知で、忘れられない味がある。
【竜馬】という焼酎と、さつま芋の天ぷらだ。

それは、15年位前、高知のある高校へ講演に行った時のこと。
空港に迎えに来た教頭先生が、
「八名さん、今日はよく引き受けて下さいました。うちの高校は
問題のある生徒が多くて、皆さんに断られて困っていたんです。
講演をしている最中に、騒いだり、歩き回って出て行ったり。
失礼なことをする生徒が多いと思いますが、どうかお願いします。
あまりにひどくて、怒って帰る講師の先生もいらっしゃるんです」
と、会った途端に頭を下げられた。
「……?」そんな話は聴いていなかったので、どう答えて良いのか?
こっちの方が困ってしまった。

そして、文化祭の講演会が始まった。
体育館に全校生徒が集まった。
まず、校長先生が話し始めた。
会場は、ワイワイガヤガヤ。マイクを使って話している筈の
校長先生の声が聞こえない。
自分たちの学校の校長先生に対して、この失礼な態度は何だ!
客席にいる先輩たちも、父兄も先生も、誰も注意をしようとしていない。
校長先生が俺のことを紹介した。
会場は相変わらずうるさくて、誰も俺の経歴などに耳を傾けていない。

舞台の袖から眺めると、体育館の前の方では、
十人位の生徒が寝転んだり歩いたり、ウロウロ騒いでいる。
その後の椅子席でも、大きな声で喋り合ったり、
席から席へと動きまわる生徒たちの姿もみえる。

これはどうしたもんか?
俺は、ちょっと考えた。
このままの会場に出て、うるさい中でも良いから、聴こうとしている人に向かって、
考えて来たことを話して帰って来るか?
校長先生や学校の先生、自分の親、大人をナメテかかっているコイツらに
しっかり教えてやらなければならないか?
しかし、先生や校長先生も注意をしないのに、たまたま来た一介の俳優の俺が、
この子たちに何かをしようたって、余計なお世話かもしれないし。
一瞬に、色々なことを考えた。
仕事と割り切って、ともかく喋って帰れば、営業をしてくれた会社や
ここの先生たちに迷惑もかからないだろうし。とも思った。

そして、校長先生に紹介されて、舞台中央に登場した!
真っ先に目に入ったのが、
俺の真前で、ゴロゴロ寝転んで、ダルソウニ、煙草をふかしている連中。
行儀悪く座り込んでいる、髪の毛をツンツンに尖らせた生徒。
モヒカン刈りの生徒。鶏のとさかのように髪を真っ赤に染めた男もいる。

「お前ら!」
マイクを握って、思わずドスの利いた低い声で喋っていた。
「煙草を吸いたいなら、灰皿を持って、舞台へ上がって俺の横で吸ってみろ!
お前らは、ハタチになっているんだろうな?」
悪役の役になりきって、怒鳴っていた。
「さっさと上がって来い! 来れないなら、今すぐ煙草を消せ!」
「寝転んだり、動きまわったりするな!
ちゃんと聴こうとしている人たちに迷惑だ。自分の席へ座れ!
いいか、今日、この会を開く為に、学校も家庭も、君たちの為に
何ヶ月も前から準備をして下さっていたんだ。
俺も、スケジュールをやりくりして、東京から高知へわざわざ
君たちの為に来た。
自分のことだけでなく、他の人たちのことも考えてみろ。
俺の話なんか、何もためにならないかも知れない。
もし、イヤなら、今すぐに出て行っても構わない。
出ていくんなら、黙って、今すぐ出て行け!」

だらだらしている生徒たちをみたら、予定していた話は打っ飛んで
目の前の生徒ひとりひとりに、物の道理を話さなければ、
という気になってしまった。
それから1時間半、ずっと真剣に話し続けた。

寝転んでいた生徒たちは、椅子に座った。
会場は、静かになった。
「出て行ってもいい」と、俺が話した時、出て行ったのはたった一人だった。
(いつもは、何十人もが出たり入ったり、会場からいなくなったりするそうだ)
講演というより、説教の1時間半になってしまって、
舞台を降りた時は、ぐったり疲れてしまった。

俺の講演は、どこへ行っても、笑い声でいっぱいなのに、
今日は後味が悪いなと感じながら、重い足で外へ出た。
そして、車に乗ろうとした時。
車の前に、あのモヒカン頭や鶏冠(とさか)頭、煙草を吸っていた生徒たちが12〜3人!
直立不動の姿勢で立っていた!
そして、俺が近付くと
「今日は、ありがとうございました!」
と、全員で挨拶をした。
まるで、青春ドラマの一シーンを観ているような!
「おお。俺は君たちに出会えて、良かったよ」
そう言って、車に乗り込んだ。
「ありがとうございました!」
彼らは、いつまでも頭を下げていた。

その晩の酒のうまかったこと!
飛び込んだ居酒屋で、【竜馬】のお湯割りと
さつま芋の天ぷらを皿いっぱい。
あいつらに、真剣に話し掛けて、良かったんだナ。
あいつらも、真剣に聴いてくれたんだ。

【竜馬】の焼酎は、軽い飲み心地で、
2対8。あっついお湯が8、焼酎が2。
すっかり気にいって、それ以来箱買いするほどになった。
さつま芋の天ぷらは、芋を皮のついたまま、少し厚めに素揚げする。
揚げ立てに塩をパラッと振って。

土佐の高知のはりまや橋の近くの居酒屋。
気風の良い女将さんが、メニューにない芋のてんぷらを
近くの八百屋へ走って芋を買いに行って、
俺の為に、黙ってつくってくれたんだ。

その後、何度か高知に行く度に、その居酒屋を探すが、
どうしても見当たらない。
何軒かのチェーン店を持っている大きな居酒屋だったんだが。

菊水酒造
〒784-0004 高知県安芸市本町4-6-25
0887-35-3501
http://www.tosa-kikusui.co.jp/


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