八名信夫の うまいもん紀行


≪函館の女≫のイカ刺し
ホテル函館ロイヤル

函館のイカはうまい。
【ホテル函館ロイヤル】では、さっきまで海で泳いでいたイカを
刺身にして出してくれる。

透き通った身。箸からスルッと飛んで行きそうな位、粋が良い。
生姜を入れた醤油に、チョンとつけて口に入れる。
イカの甘味が広がる!

「よねさん、よねさんのイカ刺し、ロイヤルにちゃんと伝わっているよ」
函館でイカ刺しを食べる度に、俺はよねさんを思い出す。

アサヒ芸能「脇役(ワキ)こそ主役!」
(撮影:竹本務氏)

この可愛いおばあちゃんが、鈴木よねさんだ。
湯の川と函館に2つの大きなホテルを持ち、
北海道知事から、産業に貢献したと表彰されたすごい社長さんだ。
「八名さん、イカ刺しつくりましょう?」
俺が行くと、よねさんは板場へ走って行く。
「この包丁、まだ使っているのよ」
刃が3分の1にすり減った包丁を、よねさんは嬉しそうに見せてくれる。

よねさんは、初めて小さい旅館を持った時
「お客さんに、函館のイカを食べて貰おう」と思ったそうだ。
毎朝、市場に入ったばかりのイカを買って来て、刺身にして出した。
「もちろん、私が作ったよ。だって、私一人で旅館をやっていたから」
刺身が評判で、旅館がどんどん大きくなって、お客さんが増えても、
「200人でも300人でも、毎朝私が作ったのよ」
話しながら、よねさんの手はあっと言う間に刺身を作る。
活きの良いイカが、更にシャキッとして、ピカピカ輝いている。
最高にうまかった。よねさんの気合いと人生がこもっていた。

板場のよねさん(撮影:竹本務氏)

よねさんの夢は、函館をハワイのようなリゾートにすることだった。
運航休止になった青函連絡船をホテルの海に横付けして、
子供も大人もみんなが楽しめる…ホテルのビーチをつくる
2つのホテルのオーナーなのに、まだ先の大きな未来を語ってくれた。

「ハワイの海は美しいの! 緑の宝石のような色!
あんまり綺麗なので、着物を脱いで、肌襦袢とお腰(腰巻き)で
海に入ったら、みんな『なんだ なんだ』って
大騒ぎするの!
海の中で、お腰がパーッと開いちゃって」
よねさん、可愛らしく笑った。
ハワイの人たちは、びっくりしたろうなあ。

よねさんは、生涯文字が書けず、読めなかった。
青森の農家の長女で「畑の手伝いと子守で、学校へ行けなかった」
「だから、私は銀行と取引きする時も、頭取さんに言ってやるんです。
『私は、この契約書にナンテ書いてあるか読めません。
でも、あなたを信じて、印鑑を押しますよ』って」
着のみ着のままで函館に渡って来た少女は、
勤め先で一生懸命働いた。
店の為に、お得意のお客様を覚えて、
そのお客様がどうしたら喜んで下さるか?
お客様の身になって働いていたら、チップを貰えるようになった。
着物や帯にはさんだチップを、1枚1枚のばしては銀行に蓄えていった。
そして、ちいさな旅館を買って、
それでもまだ一生懸命働くよねさんは、函館市内と湯の川に
大きなホテルを2軒も持つオーナーになったのだ。

よねさんは、毎朝イカを仕入れている魚屋のアンチャンが気にいって
店までお茶を飲みに足を運んでいた。
そのアンチャンはゴム長をはいて、店の人たちと一緒に楽しそうに働いていた。
函館の魚を全国に届けて、
函館に全国の人たちが来てくれるようにしたいと頑張っていた。
よねさんは、そのイカのアンチャンに函館のホテルを託すことにしたのだった。
そのアンチャンは、魚長食品の故・柳澤 勝社長、
ホテルはホテル函館ロイヤルだ。

柳澤社長はよく話していた。
「ロイヤルは『おふくろの手のぬくもりのように』しなさいって
みんなに話しているんです。
お客様が【ロイヤル】にいらしたら『おふくろの手のぬくもりを』
感じて下さるようになったら、良いなあと思うんですよ。
だって、おふくろの手って、安心だったでしょ?」と。

函館の 青柳町こそ哀しけれ 友の恋歌 矢車の花

と、石川啄木がうたった、青柳町に近い大森町にロイヤルはある。


ホテル函館ロイヤル
〒040-0034 北海道函館市大森町16-9
0138-26-8181
http://royal.hakodate.jp/


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