八名信夫の うまいもん紀行


別府温泉 地獄蒸し
別府鉄輪温泉 「陽光荘」

昭和58年、悪役商会結成の時、メンバーにバッジを配った。
石川五右衛門の顔。
大泥棒の五右衛門は、釜ゆでにされても「子供だけは守る!」と、
あの五右衛門風呂で足元から火を焚かれ、ぐらぐら煮立った釜の中、両手で子供をしっかり持ち上げていた。
その心意気が気に入って、五右衛門を悪役商会のバッジにしたのだった。
悪役商会を作って25年。俺も悪役俳優50年。その俺が、とうとう≪地獄の釜ゆで≫に出会ってしまったのだから驚いた。

大分県は温泉どころの別府温泉。
12月の寒い昼さがり。テレビ局のスタッフ(NHK大分放送局)に連れられて、
20年ぶりに別府の街を歩いていた。
街のあちこちから真っ白な湯気が高く上がっている。
「この湯気を守っていくだけでも、世界遺産ダナア」と話しながら、
昔ながらの商店街から住宅街へ(別府鉄輪温泉へ)。
と、坂道の隅々にまあるい黒いかたまりがみえる。
なんと、猫たちがひなたぼっこをしているのだ。
湯気が出て日差しもよく当たっている所、
身体を丸めて、眼をゆったりつぶって。実に気持ち良さそうにしている。
そんな出会いに和みながら坂道を行くと、≪陽光荘≫という看板が見えた。

カラカラカラと戸を開ける。
「いらっしゃーい」笑顔が俺を迎えてくれた。
昔から続いている湯治場というより、学生時代の下宿屋さんというようなあたたかな玄関。
「さあ、どうぞ」と、二階へ案内されると、そこで見たものは!?
≪地獄の釜むし≫

宿の真ん中に四角い炊事場があって、湯気がもくもくと吹き出ている!
「うちは昔から、別府温泉へ湯治に来るお客様の宿として営まれているんですよ。
中に入ってみませんか?」と、若女将の佐原郁恵さん。
「お客様は近くの市場へ行って、野菜や魚、お米、好きな物を買って来て、ここで料理するんです。
八名さんもちょっと料理、してみましょうよ」
そう言いながら、小さなかまどが幾つも並んでいる炊事場へ案内して下さった。
釜に木のふたがのっているが、そこから温泉の蒸気が勢いよく上がっている。

「別府温泉は地獄谷で有名ですが、うちの宿は、その温泉を地下から直接引いて、
温泉の湯気で料理と部屋の暖房を楽しんでいただいているんです。創業の頃からこのままなんですよ」
と、フタを取って
「この釜は、地獄谷と同じ別府温泉そのものが吹き出ているので、熱いですから気をつけて下さい」と、
分厚い鍋つかみを貸して下さった。
「野菜を小さなザルに入れて蒸すと、温泉の塩味も程よくきいて、
びっくりする位おいしく出来上がります。やってみますか?」
薄化粧、ひかえめでいながら、お客様の望んでいることを上手に段取りしてくれる…
“大和撫子”という文字がふっと心に浮かぶような、エプロン姿の美しい若女将さんだ。

俺も市場で買って来たさつま芋をザルにいれてみた。
地獄の釜にいれること20分。待ちきれない思いでフタを開けて、調理台へ。
「あっちっちち!」
電子レンジやふかし鍋で蒸したものより熱く出来上がった芋を、ふうふう言いながら食べてみた。
「うまい!」なんてうまいんだ!
「ね? おいしいでしょう?」

「この地獄のお釜の炊事場を宿の真ん中につくったのも、先人の知恵です。
冬でもこんなにあったかい蒸気が吹き出しているので、周りの部屋は暖房いらず、
床からあったかみが部屋全体に伝わって来るんですよ。
省エネ、環境に優しい宿。昔の人は、当たり前のように人として大切なことを
ちゃあんと考えて宿を作っていたんですね?」
海外の一流商社で活躍していたご夫妻が、両親のあとを継ぐ為に戻って、
昔ながらの湯治の宿を、海外生活の経験もいかしながら、お客様とのふれあいの輪をひろげている。

炊事場で「釜むし」を一緒に楽しんだ方々に誘われて、料理を持って部屋へお邪魔した。
俺のつくった白身の魚と鶏肉を蒸した料理のうまかったこと!
「私たちは旅が好きで、インターネットで情報交換をしてこの宿で知り合ったんです」
40代の夫婦と、20代の二人の女性。
「世界中旅をしていますが、こんなに居心地が良くて、
おいしい料理も楽しめて、しかもお手頃価格の宿はありませんよ。
もう次の予約をいれて、又このメンバーでここに集まりましょうと決めました」
と、酒も入って、ご機嫌の旅の仲間たち。
悪役俳優50年。悪役も思わず顔をほころばす「陽光荘の地獄の釜むし」。
五右衛門さんが聞いたら、何て言うかなあ。

別府鉄輪温泉 陽光荘
〒874-0043 別府市鉄輪井田3組
0977-66-0440
http://www.coara.or.jp/~hideharu/


※炊事場の写真は陽光荘様のサイトから、許可を得て転載致しました。

「八名信夫の うまいもん紀行」
「悪役商会ホームページ」に戻る